2020-01-30

予想外の展開  NO 8696

トマム駅 切符入れ武漢からの帰国便が成田へ着き、一時的に房総半島の勝浦の観光ホテルに滞在させる処置が執られていたが、対応する医療チームが亀田総合病院ということに目が留まった。

昔読んだある雑誌の特集記事にこの病院が誕生した経緯が紹介されていて、ある医師が理想の病院を作りたいと優れた医師達を集めて開院し、全国にその名が知られる有名な病院になった。
入院患者が処方されている薬の情報や診察状況を病室のパソコンで確認することが出来、家族が見舞いに来た祭にもルームサービスのシステムも完備しているのだから驚く。

私がこの病院の素晴らしさを知ったのは、霊安室を地下ではなく、海の見える最上階に設置いたことに賛辞を抱いたからで、その後も様々な情報からこの病院のエリア内に分譲マンションの建設が判明すると、終の棲家の理想の地と考える人達によってすぐに完売されることになるし、主治医の許可があれば飲酒も可能な病棟もあるそうで驚きである。

何度も入院体験のある私は、様々な患者体験をしており、友人から「患者評論家になれ」なんて言われていたが、確かな医療技術が整っているこんな素晴らしい病院があるのは我が国の誇りであると自慢したいところだ。

大阪にリッツカールトンのホテルが登場してから随分経つが、話題を呼んだあのシステムを構築した人物の1人が知人で、退職されてから姫路にある病院から依頼を受け「退院したくない病院」への革新に取り組まれ、看護師さんの化粧やヘアースタイルにも独自の展開を進められ、事務職員、看護師さん、医師など全員を淡路のウェスティン・ホテルのホテルマン研修体験実施、患者さん達が「退院したくない」という病院へ取り組んで話題を呼んでいた。

この人物がある年の大晦日の夜に来社され、2時間ほど話し合ったことも懐かしいが、数年前に亡くなられてしまった。

大病を患ってリハビリ入院をしていた時に面白い出来事があった。80代のお婆ちゃん2人が「もう死ぬだけだから」とリハビリに消極的だったのだが、私が掛けた言葉で次の日から積極的になって担当されていたリハビリの先生達が私の病室へ「何を言ったか」を確認に来られた。
私がオッ婆ちゃん2人に伝えたのは「私は1ヶ月後に退院するけど、その時は車椅子ではなく、エレベータの所で立って見送ってね」と言っただけだった。先生達には「リハビリは技術も重要だけどコミュニケーションも大切だよ」戸伝えたが、お婆ちゃん2人は私が退院する時はエレベーターで1階まで降り、正面玄関まで送ってくれたことが印象に残っている。

今日は午後から病院へ行ったら、担当の看護師さんが来室され、「明日に退院で進めています」と言われてびっくり。本人も家へ帰りたいと繰り返し、取り敢えずその方向で進めることになったが、階段の問題があるので1階での生活を余儀なくされるので、1階の和室を片付けなければならなくなった。

この部屋に忘れられない思い出がある。ひとつは阪神淡路大震災の激しい揺れで目が覚めたことと、もう一つは深夜の2時半頃に就寝し、朝方の4時半頃に気持ちが悪くて目が覚めたことで、それは脳梗塞の発病であった。

それから10年の月日が流れたが、何とか杖を頼りに歩いているが、最近はフラフラ感が強くなり、右目が不自由になってきているので困っている。

娘から関東への生活を勧められているが、亀田総合病院の存在も忘れないでおこう。

今日の写真は無人駅でびっくりしたトマム駅の切符入れのボックスを。
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