2020-04-04

感染しませんように  NO 8754

阿蘇丸コロナ問題がいよいよ深刻になって来て、週末の行動を自粛して下さいと報じられていたが、妻の保険証に関する書類がなければどうにもならず、環状線と京阪線を利用して往復してきた。
携帯電話の歩行数を確認すると8993歩となっている。京阪線の京橋駅のホームは高いところにあるので下りのエスカレーターが苦手で、いつも階段を利用するが、手摺りをしっかりと握って転倒しても他人を巻き込まないように行動している。

妻は保険証を持たずにクリニックに行ったそうだが、事情を説明して次回に支払うことで帰って来ていた。

もう一日早くに手続き書類が届いていればこんなことにはなっていなかった訳だが、今日の出来事はしっかりとお返しをしたいと考えている。

自宅に戻って洗面所で手を洗っていると携帯電話がブルブル。番号を確認すると医院の先生からで、今日は処置を受けて薬の処方箋を頂く日だった。

すっかり忘れていたのだから横着な患者だが、奥さんが朝から準備をして待って下さっていたことを聞いて謝罪してきた。

さて、前号で触れた霧島温泉郷から車なら40分ほどで行ける生駒高原にも行きたい。初めて訪れたのは半世紀前のことだが、トヨタのレンタカー「セリカ」で行ったことを憶えている。季節は秋で、高原全体がコスモスの花に彩られて絶景だった。現在は菜の花が半分程度咲いているみたいだが、もうすぐポピーの時期を迎える。

関西と九州を結ぶフェリーに「弾丸フェリー」という旅企画がある。これは朝に九州に上陸して、その日のフェリーで関西に戻るという強行軍だが、結構人気があることを知った。

関西と九州を結ぶフェリーは深夜の瀬戸内海を航行するが、朝に出港して明石大橋、瀬戸大橋、来島海峡大橋などを見る便が時折に組まれているので日中の瀬戸内海の景色を見るなら最高だろう。

昔、阪神間と別府を結んでいた関西汽船に昼行便が存在しており、利用した記憶があるが、「るり丸」で20時間の行程を「くれない丸」や「すみれ丸」は14時間で航行していた。

松山と高松に寄港する航路だったが、港を出港する際に流れる「蛍の光」の曲には特別な旅愁があった。

30年ほど前のことだが、九州での仕事で車で昼頃に出発したのだが、岡山付近まで行くと急に疲れを感じ、その日に宿泊予約を入れていた博多のホテルに行くのは大変と感じ、いつも持ち歩いている時刻表で探したら、広島の宇品から別府を結ぶフェリーがあることが判明し、出港にも充分時間があったので宇品港へ向かった。

「広別汽船」の「由布丸」で2000トン程度のフェリーだったが、別府に早朝に着くのだから就寝している間に移動してくれるのだから助かったし、ホテルには事情を説明して数日後にキャンセル料を送金したが、その後も何度かその航路を利用した。

山口県から九州を結ぶ「周防灘フェリー」もあるが、これを利用したことはない。

車での移動は嫌いでないところから、あちこちへ出掛けたが、自分でも呆れた行程のことを今で思い出す。大阪を出発し、岡山から瀬戸大橋を渡って松山に向かい、道後温泉で1泊し、次の日の早朝に八幡浜から国道フェリーで別府に渡り、「やまなみ」を走行して熊本へ入り、その日の講演を済ませて午後7時頃に九州自動車道に入り、深夜に帰阪したこともあったが、それは20年前のことだった。

今日の写真は広別汽船の「阿蘇丸」を。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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