2021-05-28
思い出したフェリーの事故 ǸО 8776
信じられないほど明るくなったが、右目の調子が随分と悪く、通常時の2割程度しか見えない状態になっている。
昨年の春だったが、突然右目にオーストラリア大陸みたいな茶色物が出てきて二日後に眼科で診察を受けたら、発症してから40分以内でないと回復しないと言われて衝撃を受けた。
目の血管が切れたという問題だったが、成人病に併発するものではなく、加齢によるものだと言われた。
あれからずっと見え難くなっている。オーストラリア大陸みたいなのがフィリピンほどになったので少しは見えるが、今後がどうなるか気になっている。
洗濯機と冷蔵庫の支払いを済ませた。引き取り処分費用が「4000円、7000円必要だったが、「ピーピー」警告音が鳴っていたのがなくなったので静かになった。
どちらも30年前の製品なのでびっくりするが、当時の家電製品には引き取り時の費用の設定は設けていなかった。
愛媛県の来島海峡で船の事故が発生していた。1970年代だったと記憶するが宮崎と阪神間を結ぶフェリーが来島海峡で外国船籍の貨物船と衝突して沈没したことがあった。「さいとばる」という船名だったが、何度か利用したことがあったので恐ろしくなったことを憶えている。
来島海峡は潮流の変化に合わせて航路を変更するほどの難所だが、「さいとばる」の通常航路は高知沖の太平洋を航行する筈だったが、強風で荒れた場合には第二航路となる瀬戸内海を航行することもあり、「さいとばる」も第二航路を航行して事故になっていた。
姉妹船に「せんとぽーりあ」というのがあって何度か利用したことがあるが、高知沖の太平洋で大揺れして大変だったことを思い出す。