2003-12-19

メンバーのコラムから   NO 639

今日、勝手な思い込みでミスを犯してしまった。責務として打ち上げた原稿を発信していなかったのである。

 書き上げたときの時間は早く、帰宅してから発信しようと思っていたのだが、それがどこかで<発信した>と過去形の思いとなっていた。

 受信を待ち侘びる相手は、今、ハードな仕事スケジュールに追われ、そのうえに風邪気味。心から申し訳なく思っている。

 日付が変わる前に発信したが、それから数分で受信を開けてくれた確認結果が見られ、ホッとした。

 今日は、弊社が加盟している協会のメンバー企業の忘年会。数日前にお誘いをいただいたが時間の調整がつかず、申し訳なかったが欠席した。

 メンバーたちが個々に発信しているコラムだが、過日の研修会で講師をつとめた北海道のメンバーは、開催日の次の日に北海道組で行った高級ホテルのメインレストランのことを書いていた。

 この会社、社長や社員が出張すると、宿泊先は必ず一流ホテル。そこで体感するサービスに「何か」を感じて帰るのも研修ということで、そこで感動した体験を語ってくれることも楽しいことだ。

 東京で感じることは、我が大阪がローカルに見えてくること。上述の社長も書いていたが、高額な料金設定なのに満席の状況。そこには納得に至る何かがあるから。

 東京へ出張する度に、<どこが不景気だ>という世界を多く体験する。これらのパワーは大阪と桁違いのような感を抱く。

 さて、九州の落合葬儀社の若い後継者が発信している「コラム もっこす瓦版 NO 396 単純な私」だが、彼らしい感性で捉えた文章表記が見事であった。

 病院で診断を受け、服用する薬を受け取る際のやりとり、その冒頭の薬剤師さんの「牛乳、飲まれますか?」が、今にも牛乳が出されるような雰囲気で、そこで心の中に生まれた誤解と迷いが面白く表記されていた。

 「がのをにへとからよりでやからばとてものにのでがけれどもしてたりだりながら」

 上記の文、敢えて句読点を省いた。国語の先生ならすぐにご理解されるだろうが、これは、言葉遣いの文法「格助詞」からの始まりの語である。

 その使い方やアクセントひとつで伝わり方が変化し、時に大変な誤解を招く元でもある。

  最近、若い人たちの言葉の乱れが話題に多い。「信じられない!」「許せない!」というような、感嘆符の付く言葉の乱用が気に掛かるが、そんな中、コラムも どきで打ち込む文章で悩むことは貴重な体験。それらは日常会話に生かされることになり、必ずや説得力ある話術にも波及していくだろう。           午前1時36分
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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