2021-12-15
懐かしい思い出 ǸО 8766
妻に面会して来たが、会う度に小さくなった感じがする。自分で手首を握って「細くなったみたい」と言っていたが、スタッフの方から「最近は倒れていません」と聞いて安堵した。自宅に戻った際、医院の駐車場で先生と会った。歩く姿を見られて「大丈夫。しっかり立つことが出来ている」と言われたが、両足の裏に言葉で表現出来ない違和感があり、これも知覚障害の一つかもしれない。
77か国でオミクロンが広まっている。イギリスでは深刻な事態だし、アメリカではコロナ感染による死者が80万人を超えたと言うのだから衝撃的な現実。
前号を発信してからしばらくしてからネットの記事を確認したら、韓国の済州島沖で大きな地震が発生したニュースがありびっくり。最近地震が多発しているので恐ろしい。
歩行スピードがダウンして知っている。メモ藤ユンになっているし、転倒して骨折をしたら最悪で、何より転倒しないように歩くのだから仕方がない。
昼食は置いてあった餅を焼いて「キツネどん兵衛」の中に入れて食べ、夕食は歩くことを目的に商店街を東に進み、力餅食堂に行った。
服用する食後の薬をテーブルの上に置いていたら、女将さんがハサミで袋を切ってくれ、錠剤をティッシュの上に並べてくれた。
「8錠も飲むの!」と驚かれたが「これでも2錠減ったと言ったら驚かれていた。薬がデザートみたいな生活卯になってから十数年になるが、様々な病気入院を繰り返して来ても生かされて帰って来るのだから悪運が強いのだろう。妻が「あなたは長生きするわ」と言っていたが。少なくとも80歳まで生きそうだ。
来年の誕生日を迎えたら後期高齢者になるが、娘から動ける内に決断をしなさいよ」と言われていることが頭を過る。
テレビのニュース映像でその日のスポーツの結果を伝えるのを観て、アイススケートのことを思い出した。
難波にあった大阪球場の下にスケートリンクがあったし、阪神電車で「ラサ」というスケート場へ行ったことも憶えている。
初めて履いた靴は「フィギア」だったが、その後にホッケーや「セミスピード」や「ロングスピード」を体験した。
外側にあるリンクを回るのにカーブの所でクロスしなければならず、それを問題なく取得するまでかなり難しかった。