2022-04-17

思い出したこと  ǸО 8874

病室の光景オムロンの血圧計を何度計測してもエラーが出てしまう。どうやら血圧が高過ぎてそうなるみたいで余計に心配になって血圧が上昇する。

真向いの医院は確か明日から開院する筈で、9時前に行こうと考えている。昨日の就寝前に計測した際、「220 120」だったのでびっくりしたが、血圧が上昇する原因が分からないので難儀である。

幸いにして「手が痺れる」などの兆候はなく、呂律も回るので脳梗塞ではないようだ。

左右の人差し指を合わせるテストも問題ないし、左右の人差し指で鼻を触るテストも問題がない。

11年前に発病して救急車で救急外来で診察を受けた際、人差し指で鼻を触ろうとすると、左の腕が頭の方へ行ってしまいコントロールが出来なかったことを憶えているが、それは尋常ではない最悪の病気の兆候だった。

「延髄損傷」「脳幹損傷」左半身麻痺」「知覚障害による温覚痛覚麻痺」「呂律回らず」「複視発症」「誤嚥性肺炎」なんて検査結果に基づく医師たちの会話を耳にして<最悪!>と思ったが、病室へ運び込まれてすぐに大きな地震が発生し、部屋の扉が勝手に開いた時は恐怖感を覚え、ベッドの上に座ることも出来ない状態に情けなかった。

その日から3人の女性の先生がリハビリを始めてくださったが、お陰で何とか杖で歩けるようになり、誤嚥も吐き出すテクニックを覚えてクリア出来た。

複視はずっと苦労して来たが、赤十字病院、厚生年金病院などの眼科で診察を受けたが、プリズムみたいなレンズの眼鏡を勧められたがご遠慮し、現在に至っているが、今回の血圧上昇に関連していないことを願っている。 

その病気で1か月の入院後、リハビリ専門病院で3か月を過ごしたが、退院してから医院で処方される薬が嚥下問題から粉末にしなくてはならず、2軒の薬局に通ったことを憶えている。

近所の蕎麦屋さんに入って「玉子丼」を食べる際、嫌いだったが 余分に「生卵」を掛けて貰って流し込むように食べていた。

退院後に駆使―電車も駄目だった。動く景色を目にすると気分がで、悪くなってしまうからで、
それらは半年ぐらい続いた。

さて、「子宮頸がんワクチン」に関するニュースがあったが、半世紀ほど前、妻が友人に頼まれて病院へ行くことになった。

彼女は検診を受けたら再検査が必要と言われたそうで、深刻そうに懇願された姿を憶えている。

それから数日後、彼女に随行した妻は私の勧めで序に検診を受けるようにアドバイスしたら、友人の方は問題なく、妻が再検査という運びになって衝撃を受けた。

当時に二人の子供は小学生と幼稚園児で下手をすれば男手で子供を育てなければならないと深刻な心境になったが、10日後ぐらいに再検査を受けた結果「問題ない」と判明し、降って湧いた出来事が吸う詩賦を打てたが、ニュースのことを目にすると思い出してしまう。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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