2024-08-02
手を合わせて NО 10100
数年前の正月の3日に帯状疱疹を患った際、医院ンが休診でどうにもならなかったので、ネットで調べたら温めたら痛みが和らぐとあったので、妻を伴って九州の温泉へ行くことにして、「平山温泉」で九州の友人夫妻のお世話になった。
次の日に熊本駅まで送って貰い、駅の近くに在住する友人に迎えに来て貰って彼の家で3時間ほど過ごし、「熊本新港」まで送って貰って高速船で島原半島に行き、雲仙の「宮崎旅館に行った。
あちこちのホテルや旅館に宿泊経験のあるわが夫婦だが、きめ細かい配慮に感動し、妻のお気に入り旅館となってしまった。次の日、送迎バスで長崎駅まで送って貰い、長崎駅で昼食に「ちゃんぽん」を食べ、路線バスで嬉の温泉へ行こうと思ったのだが、バスの乗り場が階段を下りて上がらなければならないので降りるのに苦労していたら、「ごめんなさい」と声を掛けてくれた若い女性が我々の荷物を全てバス乗り場まで運んでくれ感激し、妻が涙を浮かべて丁寧にお礼を言っていた。
バスの中で「長崎の人は優しいね」と話し合っていたが、1時間ほどで着いた嬉野温泉バスセンターの前の寿司屋さんの看板に「温泉湯豆腐」があるのが目に留まり、立ち寄って食べたら美味しかった。
それから予約してあった旅館に行ったが、中庭に突き出た廊下の先に部屋用の露天風呂があったので何度も入ったが、夕食はおかみさんのおすすめの「すき焼き」だったのだが換気扇がなかったので大変だった。
次の日、タクシーで武雄温泉駅まで行き、友人に電話を掛けてウナギ料理を呼ばれてきたが、嬉野温泉で利用した旅館の名前を伝えると「檀家さんで女将さんのこともよく知っています」と言われてびっくりした。
それから2年ほど経った頃、真言宗の教師研修会が玉名温泉で開催されることになり妻の友人達も行くことになり、長崎空港から高速船で時津へ渡り、長崎駅で昼食を済ませてから宮崎旅館の送迎バスで旅館へ向かった。次の日は長洲へ渡るフェリーを利用し、友人の後継者に迎えに来て貰って会場入りをしたが、その2か月後ぐらいに妻が「宮崎旅館」に行きたいとなって電話を入れたら、耐震工事で休館中だと判明したが3年間休館して完全な建て替え工事をされていた。
そんなことから完成したら妻を連れて行きたいと思っていたが、数年前に施設に入るようになって昨年の12月に亡くなってしまい、「宮崎旅館」へ連れて行ってやることが出来なかったことが心残りとなっている。
昨年の春に所用があって九州へ行くことになり、友人に同行して貰ったが、武雄温泉駅で待ち合わせた友人が昼食に連れて行ってくれたのは新しくオープンした「平川屋」という料理屋さんで、広島から来てくれたピピの社長と4人で「温泉湯豆腐」を食べ、それかあら嬉野温泉駅まで送って貰い、新しくなった宮崎旅館に九州の友人夫妻を誘ってタクシーで行ったが、2時間半も要して考えられない道路を走ったので23000円も支払ったし、九州の友人夫妻を長く待たせてしまい夕食が遅くなってしまった迷惑を掛けた。
次の日、友人夫妻の車で長洲港へ渡るフェリーで長洲へ入り、しゃれたうなぎ料理店で昼食を食べてから平山温泉へ連れて行って貰ったのだが、部屋に立派な露天風呂があったのに大浴場の露天風呂へ行こうと考えたのが悪かったみたいで、10分ほど温まったら立てなくなって友人にひっぱりあげて貰い、「施設へ入った方がいいかも」と言われた。
次の日に新大牟田駅から熊本駅乗り換えで鹿児島中央駅に行き、「特急きりしま」で霧島神宮駅に行き、硫黄谷温泉で知られる「霧島ホテル」へ日帰り入浴に行き鹿児島空港で夕食を食べていたら、むすめから電話があり「どこにいるの?」と聞かれ、「ママの誕生日なのにどうして?」と叱られた。
今日は前述した「温泉湯豆腐」が送られてきたので、西に向かって手を合わせたが、数日後に天王寺へ出掛けた際に何かを考えて送りたいとおもっているが、別の冷凍宅配が届き「あまおうのイチゴ」の冷菓で、送り主は荒尾の友人だったのでまた何かを贈りたい。