2024-09-11
地蔵盆のこと NО 10134
テレビのニュース番組で大阪や京都の地蔵盆の特集を観た。私が二十代の頃、二人の子度が誕生したので地蔵盆を回ってお供えをすることにした。
妻に相談して椎札を30万円分1000円札で準備して貰い、白と黄色の水引が印刷された熨斗袋に「お供え」と書いて3000円を入れて100個準備し自転車で出発した。
葬儀の仕事に従事していると地元の人達から顔を覚えられることになり、何処へお参りしちぇも葬儀社であることを知られた。
自地域で1キロ四方に100か所近いお地蔵さんがあるのを知っていたが、それぞれの場所で紅白の幕を張ってテント設備をしていることもありすぐに50か所ぐらい回れた。
「私も二人の子供が誕生しまして」というお断りを伝えてお供えしてきたが、次の日に大変なことになった。それぞれのお地蔵さんの世話人の人達が事務所に「お下がり」だと言ってお菓子や飲み物を届けてくれるからで、事務所の庭がいっぱいにあふれた。
サイダー1ダースや缶ビールも来たので驚いたが、お返しまでは想定していなかったので後悔した。
それは3年だけ続けたが、岡アエ氏は不要とお願いしても届けられるので閉口した。
お供えを持参した人達の名前が張り出されていてびっくりしたが、ご丁寧なところは文書を添えて来られるので恐縮した。
その頃からサイダーが好きになって今でも三ツ矢サイダーをヘルパーさんに買って来て貰っているが、アサヒは三ツ矢サイダー、キリンはキリンレモン、サッポロはリボンシトロンだったと記憶しており、それぞれの味わいの微妙な違いを記憶している。
それから数年経った頃、あちこちの地蔵盆の世話人の方々から高齢者問題が浮上して、テントや幕の準備を依頼されることも増えたが、地蔵盆は忘れられない8月の風物詩となっており、我が家のすぐ近くのお地蔵さんでも世話人たちが総出で準備衛押されており、障碍者になってしまった地震がお手伝い出来ないので申し訳なく思っている。