2024-09-16
敬老の日 NО 10135
眠れないので深夜のNHKテレビを観ていたら前にも見たことのある鉄道の新橋と横浜間の東海道本線をやっていた。わが国で鉄道が初めて開通した記念の場所で様々な資料となる情報も観られた。
午前11時頃にインターホンが鳴って対応しても返事がなく玄関に出ても誰もおらなかった。宅配や郵送物なら不在書類がある筈なのでポストを確認したら何も入っていなかった。
こんなのは気持ちが悪く、友人達の顔を考えたが該当者はなく、ちょっと考えたら今日の日付のことかもしれないと思った。
毎年、敬老の日は地域の役員さん達が赤飯をは配達されていたからで、ひょっとしたらそれかも思っていたら、夕方にインターホンが鳴って対応したら地域の役員さんで、今年は暑いから赤飯は止めまして現金を配っていますと茶色の封筒を下さったが、中に500円硬貨が一枚入っていた。
ニュース映像で65歳以上の高齢者が人口の29パーセントだそうでびっくりだが、何回も入院体験があるのに生かされているので病気と寿命が異なることを実感しているが、健康寿命の言葉を念頭にもうしばらくこの世に残ろうと思っている。
冷蔵庫の横に妻の写真があるが、それは施設の敬老会で撮影されて一枚で「おめでとう」「何時までも長生きを」という文字が入っているが昨年の敬老の日に撮影されたもので、それからしばらくして体調を崩したようだった。
ローズウッドのサイドボードに夫婦で撮影された一枚が置かれている。昨年の誕生日に娘が花を贈ってくれたものを持って施設の玄関で撮影したものだが、その年の12月に亡くなってしまったので予想もしていなかった。
飛行機の利用が嫌いな私だが、一度は登場したいと思ったのが787型機で、孫に会いに行くのに痛みから全日空で羽田へ飛び、そこからつくばまでバスで行ったことがある。
ハイテク機で窓ガラスもシャッターではなく画面を明暗する機能があり、感心したが、やはり飛行機は嫌いである。
夫婦で30歳の時に707型機で羽田からアンカレッジ、ロサンゼルス、ペルーのリマ、リオデジャネイロ、サンパウロと36時間も登場したことがあったが、同行するのを嫌がって「ファーストクラスなら行ってもよい」と言うと「それでもいい」となって不相応なゴージャスな体験をすることになったが、帰路はバリぐブラジル航空でロサンゼルスまで戻り、そこから日本航空でホノルル経由で帰国した。