2024-10-16
今でも痛みが NО 10156
朝から医院へ行った。2週間分の薬の処方箋をいただき、序に気になっていたことがあって採血をしてきた。
聴取区と昼食を兼ねお米を洗ってご飯を炊いた。おかずは卵2個を使ってスクランブルにしたが、またうまく出来ずにおかしな玉子焼きになった。
車内に入ると大和八木のコスモスに詳しい人物がおられたので尋ねてみたら、今年はまだ行かれていないそうだった。
話題で何を食べましたかとなって、明石焼きを「タコ抜き」で食べたと言ったら笑われ、「タコ焼きはどうするの?」と聞かれたので昨日にヘルパーさんに買って来て貰ったタコ焼きの話をして「タコを取り出す」と言ったら大笑いをされた。
帰路は処方箋を持っていたのでいつもの薬局の前で卸して貰って立ち寄って来たが、「レアな薬局ですね」と言われた。すぐ近くに大きな薬局があるからそう言われるのだが、初めて医院から紹介された際に自宅までとどけてくれたことがあり、其れからずっとそこにしている。
夕食を何か食べないといけない。薬を服用することもあるので仕方なく「UFO」にした。
はっきり言って美味しくない。手軽にできる焼きそばだが、何時もお好み焼き店で焼きそばを食べているので、こんなインスタントは拙く感じるのか見知れない。
数年前に台風21号の襲来で大変な被害に遇ったことがあったが、この時期に秋田から「五能線」で青森へ行き、津軽海峡フェリーで函館に渡り、長万部で普通列車に乗り換えて「ニセコ」へ行ったことを思い出した。劇痛の腰を庇いながら「ニセコ駅」で「紅葉音(あかばね)旅館の送迎車に乗ったが、ニセコ駅にカボチャが数百個並んでいたことを憶えている。
青森のホテルでも寝返りが打てずに大変だったが、ニセコの旅館でも鎮痛剤で何とかごまかして耐えていたが、次の日の登別温泉で4回入浴して過ごしたことも懐かしい。
関西空港へ到着する前頃に痛みが酷くなり、医院の先生に電話を入れて診察をお願いしてタクシーで帰宅したが、後日にレントゲン撮影をしたら圧迫骨折であることが判明し、ずっと強い鎮痛剤を服用する日々を過ごした。
今月は医療費が随分と掛かった。昨日はヘルパーさんの実費分を支払ったし、明日にまた銀行へ行かなくてはいけない。