2024-12-14
ふと思い出す NО 10147
昨夜に銭湯へ行ったが、体重測定をしたら900グラム増えていた。ちょっと食生活に神経を遣っただけだが、効果覿面みたいで嬉しくなった。記念に測定した体重を書いておこう。「58,6キロ」
何か食べないといけないので「UFO」を夕食に食べた。昼食は娘が来ていたので佐賀県から届いた「温泉湯豆腐」を「ゴマダレ」で食べたら美味しかった。
ゴルフ仲間の「甘党の店に行くけどないかいる?」と聞かれたので「きなこだんご」を頼んだら間違って「みたらし団子を持ち帰って来た。もちろん食べたが、次回に来られるヘルパーさんがお気の毒だ。
昨日は桃谷の眼科へ行って来たが、いつもの動向を開ける点眼液を入れられて夕方まで眩しかった。次回の予約は3月に入れて来たが、カレンダーに書き込んでおかなければ忘れるので気を付けよう。
もうすぐ妻が亡くなってから1年を迎える。あっけない最期だったので衝撃を宇受けた。施設に入っていたが体調が悪いので母体となっている病院へ入院する。と連絡があったのは11月の終わり頃だった。何度か病院へ行っていたが、「芳しくないのでお越しください」
と電話があって飛んでいいたら。病室へ通され、スタッフの方から「昨夜から心臓の数値が悪いので」と言われ、ベッドの傍にいたら「ちょっとあれを碁Ⓡさんくださいと言われた先にあったのはドラマなどで逝く見るテレビ型の画面で、心電図の動きが見える器具だった。
「手を握ってあげてください」と言われて慌てて握ったが、びっくりするほど冷たかった。
其れから5分も経たない内に「心臓が弱っています」と言われて画面を見てたら、横簿状の線がぷちーんと停まってしまい。スタッフの方が時計を確認されて「ご臨終です」と言われ、担当医に知らせに行かれた。
振り返ってみれば外出時に倒れて救急車で大阪警察病院へ搬送され、その後第二警察病院へ転院。そして天王寺の大阪てえ集う病院へ転院し、丁度コロナの全盛期で天王寺駅の構内も閑散としており、病院も玄関が閉められ、守衛室を通って面会する様になっていた。
そこで行動したのがスマホを持たせることで、「寺田町の「AU」で契約をしてて和あたしたのだが、使い方が分からずにどうにもならず、すぐに契約を解除することになった。
一度は自宅へ戻ることが出来るだろうと期待していたが通夜葬儀を終えて「御骨」で帰って御施設へ連れて行って合わせるべきだったとこうかいしている。来たのは最悪だった。臨終時に手を握っていたことだけが救いだったが、こんなことになる前に妻が拾ってきた猫を施設に連れて行って見せてやるべきだったと後悔している。
その猫も今年の3月に亡くなってしまって寂しくなったが、つまとの最後の会話が出来なかったことは何より悔しい。