2025-07-02
懐かしい曲 NО 10185
小学生の4年生頃に親しんだハーモニカが「天才的だ」と言われたことがあり、その当時に吹いていた曲が「琵琶湖周航歌」と「七里が浜哀歌」でどちらも似ている感じがしたのでこんがらがっていたことを憶えている。
七里が浜の哀歌は別名「真白き富士の嶺」としても知られる名曲で。明治の終盤に起きた逗子開成中学校の生徒達のボートが転覆事故に遭遇して12名が亡くなると言う悲劇を歌った曲である。
ボートが出航したのは葉山だったそうだが、遭難が発覚して救助活動が始まっても遺体の発見に至らず、二日目に発券された遺体は兄弟二人が抱き合ったもので、その出来事を表現した銅像が稲村ケ崎に現在も残っている。
私がこの曲の歌詞を知ったのはネット社会になってからだが、その内容から讃美歌的なイメージを感じていたが、外国人の作曲によるものだと知った。
深夜のテレビ番組で「江ノ電のある風景」を何度も観たが、駅名のアナウンスに感じることがあって調べたら、そんな悲しい過去の出来事が秘められていることを知った。
中学生の生徒が小学生の弟をしっかりと抱きこんで亡くなっていた姿だったそうだが、数日後に追悼の式が行われ、鎌倉女学校の生徒達が歌ったと伝えられている。
「富士の嶺」の歌詞も富士の根になっていたようで疑問を抱くが、歌詞を創作曲された三角錫子さんも作曲をされた外国人も素晴らしいと賛辞を贈りたい名曲である。