2025-07-08
思いがけず銭湯にて NО 10189
夕方から銭湯へ行った。湯船の横に座って暫くすると入って来た方から名前を呼ばれてび
っくり。ラウンドをビデオ収録してくれる企画で知られた阿蘇阿曽高原ホテルゴルフ場へ
何度か行ったことがあるので懐かしかった。
奥さんが骨折され、ご自宅の風呂を障碍者用に公示しなければならないそうで、20年振りに銭湯へ来られていた。
阿蘇へご一緒したO-さんの消息を伺ったら亡くなられたそうで寂しくなったが、熊本駅の近くに在住している仲間がっ元気だと知って安堵した。
阿蘇の外輪コースのパー5で左ドッグレッグの難しいホールで、左下がりの難しいライを2番アイアンでセカンドを打ったら会心の当たりで、ピンの奥まで行ってカラーで止まってパターでイーグルに挑戦が出来、それが収録されたのでラッキーだった。
この阿曽高原ホテルには思い出があった。大阪から3人行き、熊本の3人と2組で行ったのだが、深夜から降り出した豪雨の音が尋常でなく、豊肥本線の線路を流してしまって1年半不通になっているほどだった。
早目の朝食を済ませてホテルを脱出することにしたが、大洲まで下って来ると冠水しており、パトカーから自衛隊の球種と旗を掲示したジープまで目にしたのでおそろしかったが、30分脱出が遅れていたら2日間ホテルで過ごさなければならなかったことを知ってびっくりだった。
九州自動車道のインターまで来たら、福岡方面が通行止めになっており、しかたなく八代から人吉を経て鹿児島に入り、空港36のゴルフ場でハーフだけラウンドしたがまさにずぶ濡れだった。
我々大阪組はホテルへ宿泊すること西、熊本組は夕食を共にしてから帰ることになったが、球磨川沿いも大変な状況だった層で、朝方にやっと替えられたそうだった。
宿泊していたホテルは霧島ホテルで何度か妻と来たこともあったので懐かしかったが、次の日は快晴で最高のゴルフ日和。ここでもビデオ収録が出来ると知って申し込んでラウンドしたが、パー5のホールでセカンド230ヤードをスプーンで売ったら会心の当たりで2オンし、ピンまで7メートルというスーパーショットが収録出来て最高の記念になった。
今日も朝から病院へ行ったが、昼食も夕食も病院内のレストランで済ますのだから味気ない。何度か入院したことのある病院で院内の立地は詳しく知っているが、手術を受けたこともあるので思い出す。
アメリカに在住していた娘ファミリーが帰国して、亜アメリカ生まれの二人目の孫と病室で初対面をした病院がこの病院で、その孫も大学生になっているので成長したが、妻が亡くなってしまい寂しい。
この孫が誕生した際は妻が単身でシカゴ経由で娘の所まで行っていたが娘から電話があり、「旅行保険も入らずにアメリカへ来たら盲腸で入院したら500万円かかるよ」と言われて、すぐに帰国させろと行ったことを憶えている。
大きな病院は支払いで時間が掛かる。下手をすれば2時かbbほど待たされるのだから最悪で、支払いで待たされると言うのはストレスが強い。
ヘルパーさんに頼んで買って来て貰った「味醂干し」を焼いて夜に夕食を食べたが、洗米すると寂しさが募る。