2025-07-09
知ってびっくり NО 10190
妻が亡くなったのは一昨年の12月だったが、秋の10月に連れて行ってやりたい場所があって、春頃から計画をしていた。その行先は宮崎県の生駒高原で、山一面がコスモスという絶景だった。一度行った際に感動して「また来ようね」と約束したことがあったが、計画の行程は宮崎空港からタクシーを利用し、見学後は人吉に入り、八代から国道3号線を北上し、途中にある妻の実家に立ち寄ると言うもので、熊本地震で更地にして新築された実家に行ったことがない妻を連れて行ってやりたかったからだが、私も行きたいと言い始めた妻の妹も同行予定になり、車椅子係を担当して貰う予定だった。
実家からは熊本市内へ北上し、友人の家に立ち寄ってから熊本新港に行き、高速船で島原へ渡り、大工事で休館中だったお気に入りの旅館「雲仙宮嵜旅館」に行く予定だった。
初めて宮崎旅館に宿泊したのは数年前の正月の3日に帯状疱疹を発病して、休診されていたことからネットで温めたら痛みが和らぐとあったので、平山温泉、宮崎旅館、嬉野温泉と3泊して帰阪し、医院で点滴を受けて治療していただいたことを思い出す。
美空ひばりさんが闘病されていた病院を退院後、静養されていたことでも知られる素晴らしい旅館だったがまた行こうと電話を入れたら「耐震工事で休館します」と3年近い休業をされていた。
妻が亡くなった年の春の妻の誕生日に友人と二人で武雄温泉に立ち寄り、現地の友人達都「温泉湯豆腐」を囲んだが、そこから分かれて宮崎旅館まで行ったが、タクシーが信じられない遠回りをしてくれ、40分で着くはずの行程が2時間半も要することになり、旅館で待ち合わせていた荒尾の社長夫婦を待たせて申し訳なかった。
完全な新築工事で全く別のイメージとなっていたが、エレベーターの中で仲居さんが「震度8でも大丈夫ですから」と言われてびっくりした。
次の日、フェリーで長洲へ渡り、平山温泉で過ごして新大牟田駅から新幹線で鹿児島中央駅に行き、「特急きりしま」で霧島⒣神宮駅に向かい、体育館のような大規模な大浴場で知られる霧島ホテルの日帰り入浴に行き、タクシーで鹿児島空港に戻ってレストランで食事をしていたら娘から電話があり、「ママの誕生日にどうして九州にいるの?」と叱られた。
私のはこの時の旅で平山温泉の露天風呂で立あてなくなり、同行していた友人から「し施設へ入居した方がいいよ」と言われ、帰阪してからケアマネージャーさんに紹介していただいてリハビリに行くようになった。
昨日のNHKテレビの「千恵泉」を観ていたら、宮崎県の花の年の関する知られる人物のことが特集され。生駒高原のコスモスもその人物の発案で、宮崎空港がブーゲンビリア空港と呼ばれているのも祖人物の厚生だった。
岩切章太郎さんという方だが、宮崎を花の年にしたいと言う情熱の行動には拍手を贈った