2025-07-29

懐かしい NО 10196

初孫が誕生したのは20世紀の終わりを迎えるころだった。当時は出産に関する社会変化が起きている時で、婦人科の病院はシェフを準備してフランス料理なども登場し、なんと贅沢なというサービスも話題になっていた。

そんな中、娘が選択した病院は阿倍野区内に会った病院で、国土25号線の源ケ肺交差点のすぐ近くだった。

初孫の誕生ということもあり、我々夫婦も何より楽しみにその日を待ち望んでいて、我が家で過ごしていた娘が病院へ入院したことを知ってずっと吉報を待っていた。

やがてその日を迎え、電話で誕生したことを知ると夫婦で病院へ飛んで行った。標準体重で元気な女の子で嬉しくて神仏に手を合わせたが、我々夫婦が娘が誕生した頃と全く異なる様々なアイテムをいただいてきて時代が変わったことを実感した。

出産前に流す音楽のCDなどもあり、保育室で寝ている孫の顔を見て幸せな人生を歩むように手を合わせた。

この頃、妻が更年期障害で次々に診察を受けるようになり、診察券が10枚ほどあったこと憶えている。我が家へ戻って来た娘と孫を迎え、1か月ほど過ごして娘は関東へ行ってしまったが、それからしばらくして妻が入院することになった。

「単身を独身と勘違い」という川柳があるが、孫も関東へ行ってしまって一人で生活をする寂しさはどうしようもなく、妻が拾って来て私の名前を命名したパンダ柄の猫と生活で気が変になりそうだった。

其れから何度か里帰りをしてくれたので銭湯へ連れて行ったこともあったが、新大阪駅や伊丹空港に迎えに行くことが最上の喜びだったし、住之江区にあった「トイザらス」に出掛け、アンパンマングッズを購入して送ったり背中に羽のあるテントウムシの帽子の衣装を贈ったことも憶えている。

そんな一人暮らしをしていた頃、娘から誘いがあり、関東の家に来るように言われて喜んだ。
新幹線で東京行き、八重洲口から筑波行のバスに乗って行くのだが、降りる停留所を間違わないようにメモをして向かったら、停留所が田んぼとは竹ばかりの中にあったのでびっくり。しかし娘に手を引かれて孫が建っている姿を目にして涙が出たことも憶えている。
いつもホテルオークラのつくばを利用していたが、新しくオープンした大和ロイヤルホテルの体験談に触れておこう。

このホテル、チェックイン時にまくらを選択することが出来、一つを選んで部屋に入ったのだが、就寝時になって「別の枕の方が」時になって寝付けず、朝まで紋々していたことを憶えている。だった。

娘ファミリの自宅は3階建ての新築だが、当時は暖地の官舎だった。

東日本大震災の時はインフラの不具合で学校の体育館に避難したそうだが、とにかく無事で何よりだった。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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