2025-08-14

日航機事故のこと NО 10111

昨日は日航機の事故の日だった。業界の同業者が登場していたこともありお通夜に行ったことも憶えているが、犠牲者の葬儀を担当したことも忘れられない。

その葬儀を終えて一週化⒝ンほど経った頃、友人達都んsら県ンゴルフ場へ行ったのだが、自分のメンバーコースだったのにホームコース登録はべつのごるふじょうにしていたのでロッカー契約もしておらず、フロントで貰ったロッカーキーを店して服を着替えて、ふと隣の名札を目にしてびっくり、過日に担当した犠牲者の方の名前だったからだ。

おなじごるふじょうのめんばーだったこと判明したが、そんな不思議なご仏縁に手を合わせて帰って来た。

20ん連ほど前は弊社のホールで定期的にコンサートを開催していたが、高橋美鈴さんのシンセサイザー伴奏で和あたしがハーモニカを担当して坂本九さんのヒット曲「見上げてごらん夜の星を」を演奏して追悼したこともあった。

高橋美鈴さんは天才的恩学区化だった数年前に亡くなられたが、サッポロ、九州、横浜、名古屋などで一緒に仕事をしたことが懐かしいし、一緒にテレビ番組に出演したことも忘れられないが、葬儀音がオリジナルCD「慈曲」を作曲依頼をして世に出たことは私の人生の誇りの一つである。

ホテルでの大規模なお別れの会で献奏曲」をご遺族から伺ったら、入浴時に三位矢後真理子さんの「ガード下の靴磨き」が決定となったのだが、何処にも楽譜が見つからず、前日に電話があって、どうしようかとなった際に、私が知っていると言ったら電話口で歌うように言われてびっくり、旋律を憶えていたのでハミングで答えたら「採譜が出来ました」と言われ、次の日の本番で見事に演奏されてご遺族に喜ばれた出来事も忘れられない。

不思議な出会いから結びついて10年ほど一緒に仕事をしたが、彼女の有されていた感性は別格で、レクイエムに編曲される技術は素晴らしく、テレビ局のスタッフたちがきょうたんされていたこともあった。

彼女はある外資系のホテルのラウンジで演奏されていてある時に招待されたが、私が入室さすと同時に私の好きな映画音楽がくばかりを演奏えんそうしてくれ、何とも至福な時間をプレゼントくださったこともっ忘れられない。

作う実は友人3人で久し振りに阿倍野の「たこつぼ」へ行って明石焼きを食べて来た。二人が美味しそうに生ビールを飲んでいたが、私は三ツ矢サイダーでお付き合いしていたが、注文時に「タコ抜き」の赤ッ氏焼きをお願いするのだからスタッフの方や別のお客さん田が驚かれる。

杖を手に歩いたが、二人に両側からエスコートをして貰わなければならないので、あしこしの筋肉を鍛ええなければならない。

久世栄三郎の独り言(携帯版)
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