2025-08-28
あついなあ N於^10122
N妻が2回目のブラジル行の団参でサンパウロで知り合った親戚に日系人の中学生と文通をはじめ、10通ぐらいの平かなデ書かれた手紙が届いたことがあった。
その後、ふとしたことからメールで送れば日本語変換やポルトガル語返還も可能なのでやり取りしていたら。彼女はよろっぱの大学に入学し、プラハで生活するようになった。
やがて来日することになり、京阪電車のの守口市駅の近くに来ると言うのでシェアハウスの住所を頼って出掛けたが、全く不明で警察署や市役所で調べえて貰っても分からず、あきらめて帰宅してメールを開けたら神戸のホテルに滞在していることが判明し、次の日にJRの神戸駅から歩いてそのホテルへ行き、会うことが出来て三ノ宮駅のレストランで食事をした後にメリケン波止場の方へ散策したが、その際にプラハへ来て欲しいと言われ、妻が行くと約束してしまい数年後の行こうかなんて話していたら歩行時に転倒する様になって入院し、やがて施設の入居する様になってはたせなくなってしまった。
我が夫婦は祐爾が多く、あちこちへ行かれた人たちから御土産をいただくので、その際に聞く思い出話から行きたくなったところも少なくなかった。
北海道の礼文島と利尻島も候補y地だったが歩行ができなければ無理なようで、私も杖を手にするようになってしまったのであきらめていた。
オーストラリア旅行で成田から往復二本航空を利用し、現地でカンタス航空の国内線ビジネスを利用したら、びっくりするほどマイレージが貯まり、北海道往復が無料になったので、トマム、富良野、サッポロ、洞爺湖、函館のコースで楽しんできたが振り返れば楽しい思い出となった。
箱田て到着時に資料館の館長をやっている友人が迎えに来てくれていると伝えたら、改札口に行くまでに彼女のことを発見し、っ初対面だったの野にびっくりする出来事があった。
彼女が初めて湯の川温泉の竹馬新葉亭を予約してくださったのは数年前だったが、其れからお気に入りの旅館となり、夫婦で10かいい女王っ利用しており、妻は朝食時に出される牛乳がお気に入りで、いつも部屋から見える庭にリンゴの木が大好きだったが、大浴場から一杯見えるの尾も楽しみだった。
札幌の薄野のスーパー銭湯の地下一階に和食の立派なレストランがあり、何度か行ったことがあるが、初めて友人が連れて行って得くれた際に出されたやきざかなが「ほっけ」で、妻が気に入ってしまって帰阪してから何度も食卓にでっるようになった。
今年はサンマが豊作のようで発育状態も良く、わだいになっていた。数年前に五能線で青森のホテルへ行った際、夕食の段取りが悪くて裏側の入り口の前にあった居酒屋さんで食事をしたが、私は天丼を食べ、妻と友人はサンマ定食をちゅうもんしたら、サイズの立派なサンマにびっくりしたことも懐かしい。
私は親の教育が悪かったのだろうが魚の食べ方が酷くて恥ずかしく、できるだけさけるようにしている。
過去の米子へ講演に行った際に女性スタッフを伴ったが、昼食に入った食堂で彼女がサンマ定食を注文し、そのげいじゅ的な食べ方に驚嘆したことを憶えており、親の教育の重要性を認識した。
その時の公演だが、4時間半のスケジュールで、葬儀、ブライダル、ホテルをテーマにそれぞれ1時間半の公演だった。この3テーマの公私を一人でやるなんて全国的に珍しいだろうが、私はかずおおくのたいけんをしている。