2025-10-16
懐かしいなあ亞 NО 10135
しまなみ海道が通じてしばらくした頃、今治に立ち寄った際に思い出した出来事があり、その後に尾道へ行った際に車で連れて行って貰って懐かしかった。
わが社にホテル学校を卒業した青年がお母さんに連れられて来社。実家で葬祭業をオープンさせる予定と知って責任重大だと考えた。
国道25号線の自転車店の上にいあるマンションに在住して勤務するようになったが、女性にもてるタイプで、健康的な笑顔が素敵な若者だった。
ある時、何軒も仕事が重なりどうしようもない女うっ滞で、交流のあった人物から葬日の依頼があったが、事情を伝えて別の業者にと対応したら、5時間後に電話があり、誰でもいいからスタッフを人地派遣して欲しいと懇願された。
式場はいばらぎしにある有名な建築の教会で、コンクリートの壁が従事にくりぬかれた有名建設課の設計だった。
派遣するスタッフの主な仕事はかÐ相場に随行することで、私は頼りないとは思ったがこれも貴重な経験と考えて彼を行かせた。
その仕事はうまく運んだみたいで世話人の方からお礼の電話があってホッとしたが、それからしばらくした頃、彼の様子に異変を駆Ⅿンじはじめ、普通じゃないと思って友人の割烹へ連れて行き、悩み事が有ったら相談しろと言ったら、びっくりするような事情を伝えて来た。
彼が1週間ほど里帰りしていた正月の時期に彼女妊娠させたそうでそれが判明してから誰にも言えず憔悴していたのであった。
-っ私の説教は「責任を取れ」ということで、明日に実家に行って両親に事実を告げ、相手の両親にもお詫びして結婚を許して貰うことで、妊娠6か月の花嫁さんになるが、責任を取って行動するのだから堂々としたらよいと言うものだった。
それから数か月後の今治のホテルで披露宴が行われることになり、私も妻と共に出席したが、松山空港でレンタカーを借りて走行し、道後温泉の「ふなやさん」に宿泊してから帰披露宴で町長さんと同席し、来島海峡の特産物である「タイをいっぱい進められてたんのうしたことを憶えている。
やがて誕生された子供さんも大きくせいっされた事だろう。元気にしているのだろうかと気になっている。
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かわいい私の初孫ちゃん。病気の様子はどうだろうか。負けないで元気になって浅草ですき焼きを食べることを楽しみにしているからね。