2025-11-11

いよいよ冬が NО 10148

天皇皇后両陛下がご公務で三重県へ出掛けられた。東京駅から新幹線で名古屋で近鉄特急「しまかぜ」に乗り換えられて鳥羽駅に到着され、ラッコのいる飛ばす胃続刊で過ごされたニュースがあった。

「志摩風が登場して随分となるが、私が初めて利用したのは数年前のことで、上本町から伊勢市駅まで乗車し、伊勢神宮の下宮さんへ参拝した時だった。

妻の友人が伊勢神宮へ行きたいと言うことから案内したが」予定外の「志摩風の予約ができてラッキーだった。

松阪へはよく言っていたが、「しまかぜ」は松阪に停車しないので乗車することが出来なかった。「志摩風が登場して1年間で10数回予約をしたが、まったくとれずに諦めていた。

運転席のすぐ後ろの席で、妻の友人も喜んでおられたが、阪神タイガースの大ファンで、下宮さんの駐車場の前にあるウナギ料理店「喜多屋」」さんが昔の阪神タイガースで活躍された西村投手のご実家であることを伝えたら驚かれて栄太。

当時は巨人の沢村投手おられたが、お二人共伊勢のご出身で、戦死された歴史があるのでさびしくなる、今でも宇治山田の球場にはお二人の存在を検証するレガシーがあるので目にしたいものだ。

これまでに何度か書いたが、幼い時代に伊勢で生活をしていたことがあり、小学校1,2年生の同級生だった人物が警察畑を進み、伊勢神宮の警衛のとppに就任していたことを知り、伊勢神宮に参拝した際に尋ねようと思っており、この時に下宮さんの警衛さんの伺ったら「昨年に亡くなられ魔知った。私もお通夜とご葬儀に参列いたしました」と教えてくれて愕然としたことを憶えている。私のじゃ炊くと彼の自宅は50メートルほど花荒れていただけで、遊び仲間だったこともあり、寂しさと悲しみに襲われた。

この産廃時は、石駅からタクシーで内宮さんの移動し、バスで宇治山田駅に戻り、特急で松阪駅に立ち寄り、私のお気に入りの「海津本店」出焼き肉を食べて帰阪したが、妻の友人から豪く感動されたことも印象に残っている。

松阪の夜勤句点には「金・銀・海津」という言葉があり、「金」は和田金」「銀」は「牛銀」だが、私っはどちらも行ったことがあるが、「海津」が好きでありオーストラリア旅行に行った際にあった人物を連れて行ったこともあり」松阪が忘れられないと言っておられた。

さて、そのオーストラリア旅行だが、病的な偏食のある私は困ると思っていたが、小さなジャガイモラのジャーマンポテトがあるブッヒェがあったので助かった。

私がジャガイモが好きになったのは母の背中におられ手遊園地に行った際鵜服を訴えたら縁のジャガイモを食べさせてくれた子音から出、数年前、北海道旅行の際、札幌のホテルからウ人贈るまで鵜やコマで売って貰った時、仲屋鵜毛の売店で死に刺したジャガイモを買って来てくれたことも擦れられない。

昨日は、岩手県沖の地震で大変だったタイだが、大きな地震が発生しないように手を合わせよう。札幌市内の積雪で「ササラ電車が運転されていたみたいだが、私が湯の時期に行きたい温泉がある。それは、青森駅から巣で行かんほど行ったところにある酸ヶ湯温泉で、混浴の大きな大浴場が知られているが、野本一の豪雪地で、六することもあるそうだ。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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