2025-12-28
喜寿旅行 NO- 10167
70歳になったらオーストラリア旅行に行こうと約束していたが、いよいよその予定を決行することにした。
妻は結婚式の招待を受け、オーストラリアに数回行っており、現地で知り合った旅行会社の副社長さんにに全てをお任せすることにした。
我が夫婦の会話の中で、喜寿を迎えたら行こうと決めていたのがオーストラリア慮戸だった。妻は50代の頃から自宅で英会話教室を開催しており、アメリカ、カナダ、オーストラリアの留学生たちにおお願して続けていたが、彼らがが帰国して結婚する時に招待女王が届き、全てに出席をしていたので驚きだったが、オーストラリアの女生とは松坂へ連れて行ったこともあり、その時に70歳を迎えたら行くからねと約束をしていた。
妻は彼女の結婚式にも招待され、現地でお父さんとゴルフをしてきたと言うに尾でびっくりしたが、喜寿を迎える年を迎えた際に行くことを決め、メールでやり取りを交わして貼ころまでにスケジュールを決めた。
妻が結婚式に招待され多彩にエアーズロックにも登ったそうで、現地で利あったお香会社区社長にケジュールや予約をお願いし、春ごろには圧出発の艇が待っていた。
彼女の御住していたのはパースで、宿泊するホテルへ手再会することにしていたが、ホテルから600キロも離れているもう一人の女性も来てくれたので嬉しかった鵜のある州の。
お二人は現地の学校で教員をされていたが、お一人はパースのある州の日本語教育会の会長をされていた。。
成田から日本航空 シドニーへ行、カンタス航空の国内線に乗り換えてパース向かうことになっていたが、予約が来て売られてきた内容を観て区後押したのが本航空の便のい②キャビン 赤ちゃん羽状の準備があり、もしも子供連れの乗客があればと考えたら異変だった。
ビジネスクラスのい②キャビンの以前列の席だったが、子供連れのお客さんはなく図Kさで買った、10時第一キャビン空間はン子供連れにも対象にしているキャビンで、ベビーベッドが壁に取り付けられる設備があった。
シドニー空港での乗り換え時間は1時間しかなく、入国手ホテルは続きをしてからバスで国内線ターミナルまで移動しなくてはならず、入国検査も気が気でなかった。
往路の日本航空機が折り返しなりたい気になるが、乗り換えたカンタス航空の畿内でその期待を観ることが出来、帰国の日のそれに登場するんだと思って観ていた。
パース空港でうろうろしていて気が付いたら戻れないエリアに出てしまっており、外貨にチェンジすることを忘れていたので大変になり、タクシー乗り場の庵愛の人にクレジットカードが対応可能なタクシーを探して貰った。
やがて見つかってホッとしたが、きがついたらチップにする外貨がぜないことにとに気付き、仕方なくポケットに入っていた100円札1枚を上げた。
ホテルはダクストンで、スワン側が見下ろせる立地だった。空腹を感じロビーに会ったレストランのメニューを観たが、さっぱり分からずばくち的には行ってみようとなって、サーモンの料理を頼んだら、びっくりするほど大きなサケの切り身が出てきてパンも添えられていたのでラッキーだった。
夕方、ホテルの玄関を出て交差点を観たら、筋違いの角にカフェがあるのを発見しては行ってみることになった。
受付で於^だーをして番号の入った案内板をテーブルに置いておくと持って来てくれるシステムで、パンケーキ注文したら、4人分ぐらいの量で衝撃を受けたが、意外と美味しかっ。
伊丹から成田空港へ行く時に面白いことがあった。ラウンジで休憩し、15分前になったので搭乗口へ行ったら、私の名前を呼ぶアナウンスが流れてびっくり、窓口へ行くと杖を手にしていたので成田空港でのバス乗車や、階段があるが大丈夫かという確認で、手摺があれば大丈夫だと答えて解決した。