2025-12-30
テレビを観て NO- 10170
N月曜日に好きな番組がある。枇杷かい検査株式会社提供の「Gフォレスタ」」であるが、消火、抒情歌。歌謡曲、名曲など様々な曲をピアノ伴奏で歌うのだが、照明が美しく、男性も女性も素晴らしいメンバーで最高だ。
特に好きなのがピアノ伴奏の編曲で、曲によっては女性二人の連弾で演奏するので素晴らしい。私が葬儀の現役時代に、この曲たちのⅯどぉあつめ、個人がお好きだった曲を皆さんご一緒に歌っていただく企画を抱いていたが、大病を患ってしまって叶っていない。「この曲を何処かでお耳にされた際に故人のことを思い出していただければというものだが、歌詞がテロップで流れるので後は著作権だけで、すぐに実現できる規格である。
さて、今日ンお番組の中に近藤を建設する薬師寺が特集されて宇浮いて、館長の「高田孝允さん
10年ほど前、初孫と二人目の孫が来阪したことがあった。次の日に法隆寺、東大寺、薬師寺に連れて行き、次の日は「熊野古道へ連れて行った。
昨夜の特集番組を観ていたら、薬師寺の近藤建設に関する秘話が紹介されていて興味深く観ていた。当時の館長をされていた「高田孝允さん」のはつあんで写経の錠剤を全国から集めると言う企画で進められ、見事に達成されていたが、
その後にずいぶん経ってから私の所属していたライオンズクラブで「高田孝允さんの公演をお願いしたことがあったのだ℉が、そのお話の中で印象に残っているのが落慶法要の日のことで、同じならにある教団「天理教に若い人達の応円を依頼したら快諾されて喜んでおられたそうだが、ふと思い出されたのが天理教さんの法被姿で、あれで来られたらと新派されていたそうだが、当日に棟ty着差れた大型バスから降りてこられた天理教の皆さんのお姿は、オリンピックの入場式のようなユニホームで、思わず涙を流されたそうだ。
番組の中で、県Ð節に従事された宮大工の棟梁「西岡氏」のドキュメントも秀逸だったが、我が国に職人と称される技術が攻勢につがれていくことは嬉しいことだ。
随分前のことだが、平野の大念仏寺で社葬をしていたら、お通夜に黒塗りのハイヤーが数台到着し、僧侶姿の方々が来られたので確認したら、「高田孝允さん」の次の館長になられた橋本暁院さん」の関係者の方々で、個人が魚員さんのご兄弟であることが判明し、葬儀に特別にご参加いただいたことが懐かしい。
伴侶に先立たれることは寂しい限りだが、今日の特別番組「あんぱん」を観ていたら、おくさんの「展さん」が病気になられ、病室で会話をされる中で私はこのよにおらなくなるけど、私が生きられる分をあなたにさしあげるからね」と言われた言葉が印象に残った。
先立ってしまった妻が私に残してくれた余命は果たしてなんねんだろうか。数年前に亡くなった私の母は享年96歳だったが、思い出すのは「おせち料理の見事さであり、まるで料理人みたいな腕を有しており、正月の来られたお客さん達が衝撃を受けておられた。「